ふぃかろぐ

アートやライフスタイル、ブログ運営のことなどいろんなことを書いている雑記ブログ。

数々のアルバイトをしてきたあたしが語る、働きやすかった職業・合わなかった職場

どうも、ふぃかです。

 

こんにちは。

 

あたしはなかなか仕事が続かず、職を転々としていた時期がありました。

最近でも、突然クビになったり、病気で続けられなくなったりして、長く同じ場所で働くことができていません。

 

そんな経験から、他の人よりいろんな仕事をしてきたあたしが、実際に働いてみて、ここは働きやすかったなと思う仕事と、これはしんどかったなと思う仕事をご紹介します。

 

 

働きやすかった職業

カフェでコーヒーをドリップしている人

Photo by Tyler Nix on Unsplash

個人の飲食店

店長と二人で営業することが多く、こじんまりとしたアットホームなイタリアンのお店です。

店長が料理を作り、あたしがホールとキッチン補助をしていました。

 

ここが一番長く続いたバイトです。5年以上働きました。

もともと知り合いだった店長との相性がよかったので、これだけ長く続けられたのだと思います。

 

店長はとてもユニークな人で、頭の回転が速く、コミュニケーション能力にも長けている人で、横にいながらこっそりいろいろ学ぶことができました。

 

本当はもっと続けるつもりだったのですが(今でも復帰したい気持ちはあります)、あることがきっかけで、手が震えるようになり、お料理が運べなくなってしまったのです。

 

そのため、思ったように仕事ができず、退職に至りました。

はっきり言って悔しかったです。

 

今でもお客さんとして友人や家族と行くことがあります。

 

大手楽器店

音響の専門学校の2年生のときから実習扱いで、働かせてもらっていた某大手楽器店。

あたしにとって、はじめてのフルタイムアルバイトでした。

 

学校で勉強した、楽器のことや音響のこと、習っていたピアノの知識なんかが役に立ち、とても働きやすく楽しかったです。

 

あたしは、スコア(楽譜)のコーナーとレジ、事務なんかを担当させてもらっていました。

 

ポップを作ったり、どうやったら売上が上がるかなど考えるのも楽しかったですし、とても勉強になりました。

ビジネスマナーなんかもここで全部学んだ気がします。

 

楽器店は、本当にいっぱいやること、覚えることがありました。

でもそのぶん、やりがいもありました。

 

スタッフみんな音楽が好きなのでバンドを組もうかと話したり、ソフトボールのチームを作って遊んだりもしました。

 

ここはちょうど2年間働きました。

もうあのころのメンバー(スタッフ)はみんな転勤したり辞めたりして、あの店にはいませんが、本当に大好きな職場でした。

 

デザイン事務所

知り合いのデザイナーさんのところで働かせていただきました。

かっこよく言えば「アシスタント」ですが、実際は…はっきりいって「あしでまとい」だったと思います(笑)

 

Illustratorの使い方を知らないので、けっこう苦労しましたが、何もかもが新鮮でとても勉強になりました。

 

あたしはSNSはどちらかというと得意なほうなので、FacebookページやPinterest、ネットショップBASEに作品をupしたり販売する準備をしたりする作業をさせてもらっていました。

 

残念ながら、会社側の都合により半年ほどで退職となりましたが、とても成長できたし、自分でネットショップ(BASE)を開くことにつながったので、よかったなと思います。

 

BASEについてはこちらをご覧ください。

www.fikalog.com

 

合わなかった職場

仕事をしながら電話をかけている男性

 

スーパーの事務

実は、このバイトの内容をほとんど覚えていません。

 

店長さんに面接をしてもらい、合格したのでDVDの研修をしてほしいと言われ、研修を受け、1日目出勤したら店長が違う人に変わっていたということ。

 

そしてその日、ものすごく怖い女性事務員さんに、まくしたてられながら次から次へと説明を受け、めまいと動悸息切れ、冷や汗で、家に帰ったら倒れたこと。

 

もう無理と思ったあたしは電話をして、辞めさせてほしいということを伝えたようです。

 

そうです、1日で辞めたのです

 

あとで聞いた話によると、なかなか事務の人が入ってこないor続かないので、その女性事務員さんが辞められないという状況だったそうです。

 

ちなみに肉屋の事務も知り合いに手伝ってほしいと言われて行ったのですが、そこも2日しか行かず終わりました。

 

どうも事務は自分に向いてないようです。

 

チラシ配り

接客じゃないし、ずっとじっと座ってなきゃいけないわけじゃないし、電話の応対もないし、チラシ配るだけだし…と思っていたら大間違い。

 

チラシを配るという単純作業…なかなか時間は過ぎてくれません。

 

それに、チラシってあんまり配っても喜ばれませんよね。

接客だと「ありがとう」って言ってもらえたり、感謝されることもありますが、チラシを配っているだけでは、なかなか喜んでもらえません。

 

むしろ、避けられたり「いらん」と言われたり、しぶしぶ受け取ってもらうことのが多く、手応えを感じません。

 

たとえばポケットティッシュとかだったら、まだもらってくれそうですが、チラシだけではなかなか厳しかったです。

 

ゲーム感覚で、1時間にこれだけ配るぞ〜と目標を作ってやってみたけど、楽しめませんでした(笑)

 

スポーツクラブ

フロント、プール、ジムの3つを交代でまわるのですが、覚えることがとても多く、常に先輩たちの目を気にして緊張していました。

 

コンプライアンス的に、業務内容はここには書けませんが、とても気をつかって仕事をしていたのを覚えています。

 

スポーツクラブと聞くとジムトレーナーを想像するかもしれませんが、あたしの行っていたところはほとんどそのような仕事はしませんでした。

 

スタッフの数がとても多く、結局3ヶ月働きましたが、全員の顔と名前は覚えられないまま辞めてしまいました。

 

覚えることが多すぎて、仕事内容がきつかったのが一番の辞めた理由ですが、他にも休みがうまくとれなかったり、髪の毛の色やメイクなどの決まりも多く、ものすごく窮屈だったのも理由のひとつです。

 

番外編・こんな仕事もしたよ

英会話教室の先生

 

PAエンジニア(音響)スタッフ

小さなPAの会社に学生のころ、勉強のために行っていました。

カラオケ大会や盆踊り、コンサートなどイベントの音響のお手伝いをしていました。

 

朝、機材を車に積むことから始まり、撤収が夜になることもありましたが、バイト代は一律5,000円/1日でした。

 

勉強させてもらって、お金がもらえるんだからいいじゃないかと、わりきっていましたが、体力のないあたしにはけっこうきつかったです。

 

八の字まきは楽しかったですけどね(笑)

 

学習塾

フランチャイズの学習塾を自宅で開きました。

幼児〜小学6年生までのお子さんを対象として教室で、ちょうど夏前だったので、夏の特別教室の募集も開室と同時にはじめました。

 

順調すぎるほどに生徒さんが集まり、県の定例会で表彰されました

 

仕事内容は幅広く、学習する教材をひとりひとりのレベルに合わせて組み、指導し、教材研究をしたり。

また、教室の運営、生徒募集のためのチラシ作り、ポスティングなども行いました。

 

あまりにもたくさんの生徒さんが集まってくれたので、自分の許容範囲を超えてしまい、必死でした。

 

母と知り合いの方に頼んで、手伝ってもらっていましたが、それでもプレッシャーに耐えられず、徐々に自分が自分でないような感覚に陥っていきました。

 

そして、このときはじめてうつ病で通院することになります。

 

開室して1年と数ヶ月、残念ながら閉室。

 

あれからおよそ10年。

通ってくれていた生徒さんももう大きくなって、社会人になっている子もいます。

 

最後に

働いている人々


今回は自分が今まで働いてきた仕事のことをまとめました。

 

ここに書いたところ以外にも、雑貨屋や靴屋の品出し、年賀状の仕分けなども経験しました。

 

転職に迷っている人や、進路に悩んでいる人の少しでも参考になればいいなと思い、あたしの体験したことを綴りました。

 

といってもあたし個人の感じたことであり、その職場の雰囲気や人との相性なんかは入ってみないとわからなかったりしますが。

 

やってみて後悔したこともたくさんあります。

でもそれ以上にいっぱい学びました。

それだけ経験値は上がっていると思うので、今までのことすべてよかったと思えます。

 

長くなりましたが、お付き合いくださいまして、ありがとうございました。